まみっちです。
保護者会シーズンですね。
私も先週行ってきましたよ。
今年、中学3年生になりましたので大体のことに慣れましたけど、
役員決めの緊張感と、立候補者が現れないときの軽いストレスは
相変わらずですね(笑)
しかし、今年のクラスでは、割と早い段階で立候補して頂ける方が
現れたので、他のクラスより早めに解散出来たようです。
さて、保護者会。
娘の通う学校では年に4回です。
今では、バレー部で顔見知りになったママさん方がいらっしゃるので、どの場面になっても誰かしらお話出来る方がいらっしゃって楽しく
過ごすことが出来ますが、中学1年生の時、特に1回目の保護者会の
時など知っている方が0でしたので、全体での保護者会や、クラス毎に分かれての会、移動の時なども一人で誰とも会話せずにいました。
(もちろん、近くにいらした方には1言、2言は話しましたが会話続かないですよね・・)
1年生の時は、クラスでバレー部に入った子は娘以外にいなかったので
最後までこのような感じで過ごしました。
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2年生の1回目の保護者会に行った時です。
その日は、全体会の時から何かが変でした。
クラスごとでもなく、バラバラに座っているのに、
突然「〇〇ちゃんのママですか?」、「私△△の母です~」
と、隣に座って来られたのは同じバレー部のママさん。
どうして、私のことを知っているのか不思議に思っているところに、
次々と、そのママさんのお友達で同じバレー部のお母さま方が現れ、
自己紹介を何度も繰り返しました。
全体会終了後、各クラスへ楽しく会話しながら移動しましたが、
娘とは違うクラスなのでそこで別れました。
各クラスでは、子供の座席にネームカードがありそこに着席していると、また「〇〇ちゃんのママですか?」と同じクラスになったバレー部のママさんが来られ自己紹介を行いました。
今度のクラスには4名もバレー部のお子さんがいらっしゃって、その3名のママさんたちとお友達になることが出来、クラス会終了後も、
バレー部の見学に行き、そこでも新たなママさん方とお友達になることが出来、有意義な日となりました。
自宅に戻ったら、帰宅した娘から
「今日はどうだった?友達たくさん出来た?」と言われ
「??」な私に
「ママさ~いっつも一人ぼっちじゃん。
だから友達に声かけて、友達のお母さんに話かけて
もらうように頼んだ」
っと言うのです。
なんということを・・・
娘が私を心配して、お友達のお母さま方を手配していたのです!!
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もちろん、娘には
『私のこと心配してくれたんだね。その気持ち嬉しいよ。ありがとう』
ですが、同時に娘のお友達のお母さま方には『なんて面倒臭い人だ』
と思われた事でしょう。
自宅で一人恥ずかしくなってしまいました。
しかし、娘の依頼にお友達が賛同してくれ、さらにお母さま方も
「よし、分かった!」と行動して頂いたそのお気持ちは今思い出しても心が温かくなります。
しかしながら、どうして最初のママさんは、私が娘の母であることが
分かったのでしょうか?
不思議だったので聞いてみると、私が学校に入った所から
娘は私のことを観察していたというのです。
そして、娘の友達が私のことを確認し、そのお友達が全体会の会場に
赴き、そのママさんに「あの人」と教えて頂いた様です。
なんとも壮大なスケールのお友達作戦でたくさんの人を巻き込んでいて、またまた恥ずかしくなりました・・
念のために言っておきますが、まみっち少女時代から
トイレには一人で行くタイプでして、
「一緒にトイレ行こう」などと、常に誰かと一緒にというタイプ
ではありませんでした。
友達は多い方だと思うのですが、その友達もワイワイする時と、
個を優先する時とはっきり分かれていましたので、
私も一人で行動することを寂しいと思うこともなく、割と一人で
動ける方だと思います。
そんな保護者の方も多いですよね?
しかしながら、保護者会の日に待ち合わせて来られるママさん方も多くて、その中で一人ポツンといる私が不憫に思えたのでしょう。
いつも、私が娘のことを心配していたのに、
娘が私のことを心配してくれるなんて・・っと
ちょっとウルっとしてしまいました。
勉強は苦手なんですが、良く気付くし、思いやりのある子なんです。
(親ばか)
こういうところ、声に出して褒めてあげたいなと思いつつ、
なかなか言葉に出来ないまみっち。
娘よ、ブログ見てくれ・・
娘の成長を感じた出来事でした。
mamicchi
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