まみっちです。
母の心も沈みがちでパソコンに向かう頻度も落ち気味です。
今回も↓の続きです。
木曜日結局電話はありませんでした。
先生から呼び出しを受けた3人が、娘に連絡をしなかったという事実は、娘にもそれがなにを意味するのかが分かった様でした。
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金曜日(9/22)の朝、娘は悩んでいました。
それは土曜日にある運動会についてでした。
娘は運動会の実行委員会に立候補して、係になっていました。
金曜日は土曜日の運動会の終日予行練習です。
自分で立候補したのに、係をやらないなんて周りに迷惑をかけます。
係をやるなら、今日行かないと何にも分かりません。
娘の中で、運動会に出るつもりでいることが母としてはとても嬉しかったです。
相当悩んだ結果、娘は学校に行くという決断をしました。
渋々制服に着替えた娘は、玄関の門を出た後、
「今からでも部屋に戻りたい・・行ってきます。」
と言い、元気なく登校しました。
その日、私は全く仕事が手に付かず、また保健室から電話があるかもしれないと携帯をすぐ手の届くところに置きいつでも対応出来るようにしました。
母は悶々と職場で過ごし、帰宅し娘の帰りを待ちました。
もう今日は娘の労をねぎらう為、夕食は娘の好物ばかりです。
帰ってきたら、どんな言葉をかけようか、あーでもないこーでもないと色々考えました。
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しかし帰宅した娘は予想外に、笑顔で「なんとかなった」との事。
係は仕事が忙しく、自分が出場する種目の時しか、自分のクラスにおらず、基本的には別行動になるようです。
実行委員会にはクラブの友達も数人いた様で、同じ仕事の班になったと嬉しそうに話してくれました。
心底ほっとしました。
翌日の運動会も張り切って元気よく登校。
食いしん坊の娘は、お弁当のリクエストもしてきました。
食欲が出てきたら、もう安心です。
私とパパも遅れて学校に到着しましたが、私が見たときには娘はクラスのテントにいて、友人と談笑していました。
その後も、運動会の進行に合わせて準備や撤収など度々登場しては、手際よく行動している様子を見て、ああもうこれで大丈夫だと思いました。
運動会終了後、家族で打ち上げです。
娘の好きなパスタ屋さんで、久しぶりに明るくにぎやかな夕食となりました。
翌日の日曜日、そして月曜日は振替休日です。
娘はクラブの友人と遊びに行ったり、宿題をやったり休日を有意義に過ごしました。
起立性調節障害のような症状もいつの間にか無くなり、全ての危機は過ぎ去ったと思いました。
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しかし、翌日の火曜日。
学校に行きたくないと登校を渋りました。
運動会大丈夫だったのにというと、運動会はあまりクラスにいなかったから大丈夫だったけど、通常の授業になるとまたひとりぼっちになるから嫌だといいます。
しかし、これまでもう6日休んでいます。
しかも火曜日は3週連続で休んでいて、美術や家庭科に遅れが出ているので、今日は遅刻してでも行って欲しいと思っています。
夫と私は遅刻覚悟で説得をしました。
※もう3人のお友達と前みたいに戻るのは難しいと思う事。
※クラスにはあと、36人もお友達がいるので、他の子と仲良くするようにしてみては?
※そもそも、学校は勉強をするところ。ひとりぼっちになったら時間が出来るので、前向きに、遅れている勉強をして過ごしてみては?
※高校に進む事が目的なので、友達との問題で授業に出られないのは、自分に不利になる。もう割り切ってみる。
気付いたら、2時間も話し合いをしていました。
結局娘の意志は固く、変える事はできませんでした。
しかし、今日1日じっくり考えてみると言ってくれたので、前向きになってくれる事を願い、休ませる事にしました。
mamicchi
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